はじめに
「いい商品をそろえているのに、思うように売れない」
「値下げしても動きが鈍い」
スーパーマーケットの現場では、こんな悩みが日々つきまといます。
でも実は、売上に影響するのは「商品力」や「価格」だけではありません。
お客様が商品を手に取るまでには、無意識のうちに働いている“行動パターン”や“心理のクセ”があり、これを理解して売場をつくることで、売上をグッと伸ばすことができるのです。
そこで注目したいのが、「行動学経済学」という考え方です。
これは、「人はいつも合理的に行動するわけではない」という前提のもと、心理的・感情的な要因が購買行動にどう影響するかを研究する学問です。
たとえば、
- 選択肢が多すぎると、逆に買えなくなる(選択のパラドックス)
- 人は損を避ける傾向が強い(プロスペクト理論)
- 最初に見た価格がその後の判断を左右する(アンカリング効果)
こうした原理を売場や販促に応用すれば、従来の「経験や勘」に頼る運営から一歩進んだ、“科学的な売上アップ”が可能になります。
この記事では、スーパーマーケットの現場で活かせる経済行動学の知識と具体的な戦略を、10の章立てでわかりやすく解説していきます。
各章には図解も交えながら、「今日から使えるヒント」が必ず見つかるよう構成しています。
読者のみなさんが、「そうそう、これ現場であるある!」「これ試してみたい!」と思えるような気づきが得られる記事を目指して、心を込めて執筆しました。
あなたの売場と売上に、少しでもプラスになりますように。
えらべないと、買えない?「種類が多すぎる」ときの落とし穴
お店にたくさんの商品をそろえると、「たくさんあっていいね!」と思ってもらえる気がしますよね。
でも実は、「種類が多すぎて、どれを買えばいいか分からない…」と、お客様が迷って何も買わずに帰ってしまうことがあるんです。
これを「えらべないと、買えない現象」と呼んで、売上が下がってしまう原因のひとつになります。
お店でこんなことありませんか?
たとえば、こんな売場を想像してみてください。
- ジャムが24種類ずらりと並んでいる
- パスタソースがずら〜っと20本以上
- ドレッシングが10種類以上並んでいるけど、どれも似てる…
お客様は「選びきれない」「時間がない」「また今度にしよう」と、買わずに通りすぎてしまいます。
第1章:実験で分かった「種類が多いと買わなくなる」話

実際にアメリカのスーパーで行われた実験では、
- ジャムを「6種類」並べたとき…たくさんの人が買った
- ジャムを「24種類」並べたとき…見る人は多かったけど、買った人は少なかった
という結果が出ました。
種類を絞れない・・・何を売り込むべきか分からないという方はABC分析を行い種類を激選しましょう。
どうすればいいの?
お店では次のような工夫が効果的です。
- 「おすすめ」や「人気No.1」のPOPをつける
→ どれを選べばいいか、目印になります - 「スタッフのおすすめ」「まずはこれ!」のように背中を押す言葉を書く
→ 決めやすくなります - あえて商品数をしぼる(売場に出すのは少なめに)
→ 迷わず手に取りやすくなります
お客様は、「選びやすい売場」だと安心して商品を手に取ってくれます。
逆に、「多すぎて選べない」と、せっかくのお買い得品でも買わずに帰ってしまうことも。
「迷わせない売場づくり」、意識してみましょう!
第2章:「損したくない!」という気持ちが買う理由になる
お客様は、「得したい!」という気持ちよりも、「損したくない…」という気持ちのほうが強くなることがよくあります。
これをお店づくりやPOPでうまく使うと、「思わず買いたくなる」仕掛けができるんです。
人はなぜ“損したくない”と思うのか?
それは、「得すること」よりも「損すること」のほうが、心に大きなショックを感じやすいからです。
たとえば、
- 1,000円得したとき → ちょっとうれしい
- 1,000円損したとき → すごくがっかり…
同じ金額でも、「損したとき」のほうが強く記憶に残るんですね。
この気持ちは、人間にとって自然な防衛本能のようなものとも言われています。
スーパーではこんなふうに使えます
POPの例
- 「今だけお得」よりも → 「今逃すと損かも!」
- 「まとめ買いで割引」よりも → 「単品で買うと損!」
売場づくりの工夫
- 「残り○点」「期間限定」など、“今買わないと損”を感じさせる言葉
- まとめ買いPOPには「バラで買うと〇〇円高い!」と表示する
【図解】“損したくない気持ち”のチカラ(イメージ図)


お客様の気持ちの強さ(↑)
「損したくない!」←←← 強い行動力
「得したい!」 ← 小さい行動力
※行動を起こしやすいのは「損失を避けたい」気持ち
たとえば同じ値引きでも、「今だけお得!」より「今買わないと損!」と言われると、買う気が強くなることがあります。
この“ちょっとした言い方の違いが、売上を左右するんですね。
第3章:最初に見た数字で決まっちゃう?「アンカリング効果」
お客様が商品を見たとき、最初に目にした値段や情報が、そのあとの判断に大きく影響することがあります。
これは「アンカリング効果(アンカー=いかり)」と呼ばれるもので、スーパーの売場でもよく使われています。
こんな経験ありませんか?
たとえば、こういう売場を想像してみてください。
- 「通常価格 980円 → 本日限り 698円!」とPOPに書かれている商品
- 最初に980円を見ているので、698円がすごく安く感じる!
→ 実は「最初に見た価格(=アンカー)」が基準になって、安いか高いかを判断してしまうんです。
スーパーではどう使う?
元の価格やセット割引を見せる
- 「1個398円、3個で1,000円!」と書くことで、「あ、ちょっとお得かも」と感じる
- 「他店では〇〇円」など、比較できる数字を添える
POPで“基準”を見せる
- 「メーカー希望価格」「以前の価格」などを表示
- 「1個あたり〇〇円」など単価で比較できると効果UP
【図解】アンカリングのしくみ(イメージ図)


最初に見た価格 → 600円
↓
その後の価格 → 380円
↓
「安い!」と感じる気持ちが強くなる(=アンカー効果)
この“最初の印象”が変わるだけで、同じ価格でも「高い」「安い」の感じ方がガラッと変わります。
お客様が「買ってもいいかも」と思う後押しに、アンカリングはとても役立ちます。
第4章:「理由がある」と納得して買いたくなる|理由づけ効果
お客様は、「なんとなくお得」よりも、「ちゃんと理由がある」ほうが安心して商品を手に取ってくれます。
これは「理由づけ効果」と呼ばれ、“なぜこれを買うのか?”を言葉で伝えることで、納得感が高まるという心理です。
たとえばこんな違い
- 「この商品、おすすめです!」
→ なんとなく良さそうだけど、ピンとこない - 「この商品は、野菜がたっぷりで栄養バランスがいいのでおすすめです!」
→ 理由があるから納得しやすい!
→ ちょっとした説明を足すだけで、「なるほど、それなら買ってみようかな」と感じやすくなるのです。
スーパーでの使い方
POPの例
- 「人気です!」 → より良いのは…「リピート率No.1!お客様の声で選ばれました」
- 「まとめ買いがおすすめ!」 → 「忙しい日にもすぐ食べられるから、まとめ買いがおすすめです」
スタッフの一言でもOK
- 「今の時期しか入らない旬の野菜なんです」
- 「この味付け、冷めても美味しいのでお弁当にぴったりですよ」
【図解】“理由づけ”があると安心して買える(イメージ図)


おすすめ商品 → なぜおすすめ?
↓
「家族にも人気」「忙しい日に便利」
↓
納得して購入しやすくなる!
「なぜこれが良いのか?」が分かると、お客様はより安心して買うことができます。
たった一言の説明が、売上アップにつながる大きなヒントになります。
第5章:「今だけ!残りわずか!」で心が動く|希少性の法則
人は、「いつでも買えるもの」よりも「今しか買えない!」「数が少ない!」と思ったときの方が、すぐに行動しやすくなります。
これは「希少性の法則」と呼ばれ、スーパーマーケットの売場でもとても効果的に使える心理です。
なぜ“数が少ない”と欲しくなるの?
人は、「手に入らなくなるかも」と思うと、不思議と価値が高く感じるものです。
これは「限定」「残りわずか」「期間限定」などの言葉が、“今買わなきゃ損”という気持ちを生むからです。
スーパーでの使い方
POPの例
- 「数量限定」→「今だけ入荷!限定30個!」
- 「週末までの特価」→「土日限定!月曜から元の値段に戻ります」
売場づくりの工夫
- 商品を多く積まない(少なめに見せて“売れている感”を出す)
- 陳列棚に「残り○個」と表示するだけでも効果あり!
【図解】“希少性”があると欲しくなる(イメージ図)


商品A:いつでも買える → あとでいいかな
商品B:今だけ!あと3個! → 今すぐ買っておこう!
「あとで」が「今買おう」に変わる!
お客様の「今買っておかないと…」という気持ちを引き出せるような売場やPOPは、売上アップにつながります。
“売れてるように見える工夫”も、実は立派な販促の技なんです!
第6章:ついで買いを生む!お客様の動線と“流れ”の仕組み
スーパーマーケットでの買い物は、「計画通り」よりも「ついでに買っちゃった」がとても多いです。
この“ついで買い”を自然に引き出すには、お客様の「動きの流れ=動線」を意識した売場づくりがポイントになります。
人は“流れのまま”に動きやすい
たとえば、野菜売場のあとにドレッシング売場があったら…?
→ 「サラダつくろうかな、あ、ドレッシングも買っておこう」となりやすい!
これは、お客様の行動に合わせて商品を並べた「動線設計」が効いているからです。
スーパーでの使い方
商品の並べ方に“ストーリー”をつくる
- カレーのルウ → じゃがいも・玉ねぎ・にんじん → 福神漬け・カレーパン
- パスタ → パスタソース → 粉チーズ・サラダセット
→ 「これもあったら便利だな」が自然に起こるように並べるのがコツ!
お客様の動きに合わせて誘導
- 入り口→主力商品→日配→レジ前、という動きに合わせて「ついで買いアイテム」を配置
- 通路の右側に関連商品を置く(右利きの人が多いため)
【図解】ついで買いの流れ(イメージ図)


カレーのルウ
↓
カレー用野菜(じゃがいも・にんじん)
↓
サラダセット
↓
福神漬け
買い物の“流れ”に合わせて商品を配置!
お客様が自然に「これも必要かも」と思えるような“流れ”を作ることで、無理なく売上アップにつながります。
レジ前のガムやスイーツも、実はこのテクニックのひとつなんですよ。
第7章:みんなが選んでいるなら安心!「社会的証明」のチカラ
お客様は、「自分で考えて選んでいる」と思っていても、実は“まわりの人が選んでいるから”という理由で安心して選んでいることがよくあります。
これを「社会的証明」といって、売場でもとても役立つ心理効果です。
たとえばこんな場面
- 「人気No.1」「売上ランキング1位」と書いてある商品
→ 「たくさんの人が選んでるなら安心だな」と思って手に取る - 「お客様の声」「レビュー4.5点以上」
→ 「評価が高いからきっといいはず」と信じやすくなる
スーパーでの使い方
POPの例
- 「スタッフおすすめ」よりも → 「○○店で今月一番売れている商品です!」
- 「高評価!」よりも → 「〇〇人のお客様に選ばれました」
見せ方の工夫
- ランキング形式で「1位・2位・3位」を出す
- パッケージに「〇万個突破!」と貼る
- 手書き風の「お客様の声POP」を添える
【図解】“みんなが選んでる”と買いやすい(イメージ図)


商品A:特に説明なし → あまり気に留めない
商品B:売上1位/〇人に選ばれた → 安心して手に取る!
「人気=安心感」を生むのが社会的証明!
「人気商品です!」というひと言があるだけで、「買って大丈夫そう」という気持ちになれるのが人間です。
とくに新商品や高単価品では、この“安心感”が大きな後押しになります。
第8章:「せっかく手に取ったし…」と思わせる|保有効果のひみつ
お客様は、一度自分のものになったように感じた商品を「手放したくない」と思いやすくなります。
これは「保有効果」と呼ばれる心理で、「一度手に取った商品は、価値が高く感じられる」傾向があります。
なぜ“もったいない”と思うの?
人は、何かを得たあとにそれを失うことに強いストレスを感じます。
たとえば、カゴに入れた商品をあとで戻すのって、ちょっと気が引けますよね。
→ この「もったいない」「せっかく手に取ったし…」という気持ちが、購入を後押しするんです。
スーパーでの使い方
試してもらう仕組みをつくる
- お惣菜コーナーで試食を実施する
→「一度味わった=少し手に入れた」気持ちが働く - 店内調理パンなどを香りで引き寄せ、思わず手に取らせる
商品を“持ってもらう・カゴに入れてもらう”工夫
- 小分けセット・バラ売りで「まず1個」を買いやすく
- おすすめ商品をレジ横に置いて「ついカゴに入れる」導線をつくる
【図解】保有効果が働く流れ(イメージ図)


商品を手に取る・カゴに入れる
↓
なんとなく「自分のもの」っぽく感じる
↓
→ もったいなくて戻せない → 購入につながる!
「せっかく手に入れたし…」という感情は、実はとても強力な“行動の後押し”になります。
売場では「まず手に取ってもらう」ことが大切なんですね。
第9章:「最初に見たもの」が基準になる|初頭効果のひみつ
お客様は、売場で最初に見た商品やPOPの印象に強く影響されて、その後の判断をしています。
これを「初頭効果」といって、“最初の印象が、その後の感じ方や選び方を決めてしまう”という心理です。
たとえばこんな場面
- お弁当コーナーで、最初に「税込498円!ボリューム満点!」のお弁当が目に入る
→ そのあとに見た398円のお弁当が、「ちょっと少ないな…」と感じてしまう
→ 最初に見た情報が“基準”になって、あとに見るものの印象が変わるんです。
スーパーでの使い方
売場の最初に“主力商品”を置く
- おすすめ商品・人気商品を通路の入り口に配置
- 最初に見るPOPは、シンプルで目立つ工夫を!
特売よりも“価値を伝える”商品から見せる
- 安さだけでなく、「お得感」「こだわり」など“価値が伝わるもの”を先に出す
【図解】初頭効果の流れ(イメージ図)


最初に見た商品(例:ボリューム大・価格中)→ 印象が強い!
↓
あとで見た商品(例:価格安いけど量少なめ)→ なんだか物足りない…
「最初の印象」が、あとの判断に影響する!
「最初に何を見るか」は、売場づくりでとても大事なポイントです。
お客様の“判断の基準”は、思っている以上に最初の情報に左右されています。
「選ぶのが面倒」という気持ちに寄り添った提案は、お客様の満足度を高めながら売上にもつながります。
“考えなくても決められる仕組み”、ぜひ売場に取り入れてみましょう!
第10章:最後の印象が心に残る!終末効果の活かし方
お客様は、買い物体験の「最後」に見たもの・感じたことをよく覚えています。
この「終末効果」と呼ばれる心理を活かすことで、“また来たい”“いい買い物だった”と感じてもらえるお店づくりができます。
なぜ“最後”が大事なの?
人は、記憶の中で「最初」と「最後」の印象を強く残す傾向があります。
たとえば、映画のラストシーンが良かったら、「いい映画だったな」と感じること、ありますよね?
→ お店でも、「レジ」「お見送り」「出口の雰囲気」など、最後の印象がとても大事なんです。
スーパーでの使い方
レジ前や出口周辺の工夫
- 「またのお越しをお待ちしています!」のPOPや声かけ
- 小さなサービス品(飴・クーポン)などで“うれしい余韻”を残す
最後の印象を「気持ちよく」する
- レジスタッフの笑顔・丁寧な挨拶
- 出口近くに、目を引く季節飾りや癒しの演出
【図解】終末効果の流れ(イメージ図)


レジでの対応 → お見送りの言葉
↓
お客様の最後の記憶に残る
↓
「また来よう」「気持ちよかった」と感じてもらえる
“また来たいな”と思ってもらえるかどうかは、最後の一瞬にかかっていることもあります。
終わりよければすべてよし。お客様の心に残るラスト演出、意識してみましょう!
まとめ:売上アップは“お客様の気持ち”から始まる!
ここまで、スーパーマーケットの売上を上げるために役立つ「行動経済学」の考え方を10の章にわけて紹介してきました。
どの章にも共通しているのは、「お客様の心理をほんの少し考えるだけで、売場やPOPの工夫がまったく違ってくる」ということです。
この記事で紹介した10の工夫
- 選びやすくする(選択肢は少なめに)
- “損したくない”気持ちを刺激する
- 最初に見せる価格や印象を工夫する
- 「おすすめの理由」を伝える
- “今だけ”や“残りわずか”をアピール
- ついで買いの流れをつくる
- 「みんなが選んでる」安心感を与える
- 手に取らせて「もったいない」気持ちを引き出す
- 棚の最初に見せる印象を工夫する
- レジや出口で“いい印象”を残す
現場で実践するときのポイント
- 一気に全部やらなくてOK!
→ 「これは明日から試せそう」と思ったものからスタートで大丈夫です。 - 迷ったときは「お客様の立場」で見てみる
→ 買い手目線を忘れずに工夫すると、自然に“伝わる売場”になります。
参考文献・出典(信頼できる情報)
- Sheena S. Iyengar & Mark R. Lepper (2000)
When Choice is Demotivating
https://faculty.washington.edu/jdb/345/345%20Articles/Iyengar%20%26%20Lepper%20%282000%29.pdf - ダイヤモンド・オンライン(2023)
「行動経済学の実験に裏打ちされた“選択肢”のつくり方」
https://diamond.jp/articles/-/348915 - 行動経済学会(日本)
https://www.behavioraleconomics.jp
読んでくださったみなさんが、「これ、現場でも使えそう!」と思えるヒントが1つでも見つかったなら、とてもうれしいです。
明日の売場づくりに、少しだけ“心の科学”をプラスしてみませんか?
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